2011年06月27日

松本人志監督『さや侍』レビュー

『さや侍』
製作国:2011年日本
上映時間:103分
ジャンル : 時代劇
監督:松本人志
キャスト:野見隆明、熊田聖亜、板尾創路、柄本時生、りょう
レビュー(☆☆)

『大日本人』『しんぼる』で松本人志監督は、既成の映画概念を破壊すると
いうようなことを散々息巻いていた。

が、健闘も虚しく、当然、先人達が創り上げた映画を壊せるはずもなく、
まるで金の掛かった、自主制作の学生映画か、実験映画程度のものでしかなかった。

その程度の映画でも、あの天才松本がカンヌに出品とか
散々持ち上げられて、映画界の失笑を買った。
とは、言い過ぎか( T_T)\(^-^ )

少なくともオイラは、笑ったさ( ̄∀ ̄)
別の意味でψ(`∇´)ψ

確かに、前2作品では、松本人志の独自の視点があり、
それなりに楽しめるが、あまりにも中途半端な出来で、
映画とは到底呼べる物ではない。

特に『大日本人』での、松ちゃんのアドリブの演技とか、
最後のあまりにも唐突なテレビのバラエティー的な悪ふざけには、
正直、( ゚д゚)ポカーンとなってしまったよ。

周りから天才と煽てられて、ちょっと金をかけて映画っぽいものを
作ってみても、映画で人を笑わせることの難しかしい。

テレビでは、スタジオのスタッフがゲラゲラ笑ってくれるのだが、
映画はそうはいかない。

只でテレビを見て笑っている視聴者と映画の観客は、
例え、それが同じ人物だったとしても、映画館に来る客は、
人生の数ある選択肢の中から、松本人志の映画を選んで、
数日前から予定をたて、髪を整え、外出用の服に着替えて、
電車やバスに乗ってワザワザやってくるのだ。

しかも、なんの割引もなしに観ると1800円もの金を払う。
1800円を舐めてはいけない。
牛丼屋で1800円分を使おうと思ったら、結構大変なくらい食べれる(笑)

つまり、TVのお笑いと映画では、求めているもののクオリティーに
大きな乖離(かいり)があるとオイラは思う( ̄ε ̄)
映画の客を侮ってはいけない。ヾ( ̄o ̄;)

そんな客にテレビ的なお笑いで、台本もなくアドリブでやってみましたとは、
映画を舐めるな(#゚Д゚)凸ゴルァ!!って、感じだ。(-_-メ)

映画監督には、スクリーンに映し出される映像や音、音楽、全てに責任がある。

だから、黒沢明は、ほんの些細なことにも、鬼のようにこだわった。

ほんの数センチの動きも、巨大なスクリーンでは、その何十倍の動きになる。
ほんの些細なセリフが、見た人の人生をも変えてしまう。

たかが映画だが、映画にはそれほどのパワーがあるのだ。

だから、映画でちょっと面白いことをやって笑わそうなどと思ってはいけない。

と、前2作について長々と書いてしまったが、
今回の『さや侍』と言うと、松本人志はキャストとしての出演なく、監督に徹している。

あのアドリブの三文芝居を封印したことをオイラは非常に評価する(○ ̄∀ ̄)ノ

しかも、主役が全くの無名というか、その辺のオッサンにやらせているのだ!!( ̄□ ̄)
何でも、松本監督がテレビで共演した素人で、監督が惚れ込んで出演させたらしい。
素晴らしい!!ス…Σ(゚д゚|||) スゴイッッ!

人気先行の大根役者を主演にして集客を狙わず、作品の内容で勝負しようってことか(^з^)-☆!!
松本監督のチャレンジに拍手!(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ
(でも、よくプロデューサーがOKしたなあ( ̄□ ̄))

その代わり、娘役の子役が上手い(笑)

ストーリーは、刀を捨てた武士で鞘だけ腰にさした、『さや侍』野見勘十郎(野見隆明)は、
脱藩者として追われる身で、一人娘のたえ(熊田聖亜)と逃げ回っていたが、
囚われの身となり、切腹を言い渡される。
しかし、母の死以来、笑顔を失った若君を笑わせることができれば無罪放免。
一日一芸、猶予は30日。親娘は、『30日の業』に挑む。


オイラは、何の予備知識も無くこの映画を観に行ったので、
てっきりコメディだと、思い込んでいたら、なにか様子が違う。
『30日の業』を通じて、また、テレビ的なお笑いを展開するのか(-。-;
と、思っていたら、全く笑えない。
オイラだけではなく、レイトショーで20人位はいた客も
誰一人クスリとも、笑っていない。


なんだこれは?(; ̄ェ ̄)

ワザと外しているのか?笑いを取り行っているのに外してまくっているのか?
それとも、それが狙いなのか?そもそも、コメディ映画では、ないのか?

コメディだと思って観に来たオイラは、何か居心地の悪さを感じつつ、
観ているとどうも、コメディでは、なさそうだ。
”笑い”が重要なテーマではあるが、余りにもベタな笑いは計算だろう。

では、コメディではない松本人志監督映画の落とし処が気になる。

『さや侍』野見は、挑戦者のように不可能と思えることに挑み、
やがて、その”挑戦”は次第に町人達の心を掴む。
つまり、大衆には大受け。(≧∇≦) ガハハハ!
しかし、本当に笑わせたい人には、思いは届かない。( ゚д゚)

ひょっとしたら、『さや侍』野見は、コメディアン松本人志の投影なのか?( ̄□!!

初めコメディ映画と思って観ていたこの映画は、
結局、“笑い”をテーマにした、親子愛の物語だった。
って、書くと、スゲー陳腐( ̄ε ̄)


前2作品での、シュールでアバンギャルドで、とんがった感じの作風は影を潜め、
『さや侍』は、なんだかちゃんとしたドラマになっている。(ちょっと風変わりだが。。。)

散々、前2作品をコキオロして、こう言うのもなんだが、
『日和ったな。松っちゃん!!( ̄∀ ̄)』って言いたくなったぜ。

誰も観た事の無いような映画作るって言ってたじゃん!?
それが、なにかとっても、陳腐でありきたりの親子愛の映画ってどういうことよ?

それをやるなら、”笑い”ってテーマも邪魔に感じる。

つまり、天才コメディアン松本人志にとっては、“笑い”は重要なテーマであっても、
映画の観客であるほとんどの一般人にとっては、さほど意味がない。
だって、その辺のオジさんやオバさんが、“笑い”を突き詰めて考える必要などないから。

結局、“笑い”も、“映画”も、面白いとか、感動するとかの重要なファクターは、
『共感』だと、オイラは思う。

“笑い”に立ち向かう親子の戦いに、コメディアンでもない一般人がそれほど、
“笑い”っていうテーマに、共感するとは思えないよ┐(´〜`;)┌

確かに、ラストの“観客への裏切り”はこの映画の必然だが、
最後に、貯めて、貯めて、ドカ〜ンΣ┌(_∀_)┐ !って、
笑いを期待していたんだが。。。。(´。`)

今後、オイラが映画監督松本人志に期待するのは、
もっと、シュールで、尖った笑いを追求した映画を撮ってほしい。

それほど高い評価も無いのに、ビッグバジェットでやりたい放題好きな映画を
撮れる監督なんて、世界中を探しても、稀有な存在なんだから、
やりたい事だけやったほうが、いいとオイラは思う。

アンディー・ウォーホールが撮った映画は、
超つまんないけど、自分の感性を信じて作ったから意味がある。
退屈で寝ちゃうけど、、、、ネム〜 ヘ( ´ρ`).。o○

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